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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)123号 判決 1988年3月29日

原告

ヒューズ・エアクラフト・カンパニー

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年審判第16389号事件について昭和61年1月14日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

主文同旨の判決

二  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和51年8月31日、名称を「望遠鏡装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和51年特許願第103273号)をしたところ、昭和56年5月13日拒絶査定を受けたので、同年8月11日審判を請求し、昭和56年審判第16389号事件として審理された結果、昭和61年1月14日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年2月5日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。

二  本願発明の特許請求の範囲

少なくとも一つの可視望遠鏡と、一つの赤外線望遠鏡と、そしてレーザ光を受光するための一つのレーザ望遠鏡とを有する望遠鏡装置において、前記可視望遠鏡、赤外線望遠鏡、およびレーザ望遠鏡が、共通する対物レンズ(30)を有していること、前記対物レンズ(30)の共通光路上でかつ該対物レンズ(30)の後方には該共通光路とほぼ直交して回転するダイクロイツクミラー(51)が配設されており、該ダイクロイツクミラー(51)は、可視光を透過させ赤外線を選択的に反射するような特性に選定され、その中央にレーザ光通過用の開口(52)を有し、そして前記共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置されているということ、および、前記光軸に対して僅かに傾斜しているダイクロイツクミラー(51)によつて回動されながら反射される赤外線放射は、偏向鏡(34)によつて再び反射されて、前記共通光路光軸からの赤外線像の角度偏差に応じて誤差表示信号を発生させるための赤外線検出器(46)に指向されること、を特徴とする望遠鏡装置。(別紙図面参照)

三  審決の理由の要点

昭和60年11月28日付け手続補正書により補正された明細書記載の本願発明の特許請求の範囲は、前項記載のとおりである。

ところで、ダイクロイツクミラーの配置については、「共通光路とほぼ直交して回転する」と「共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置され」というだけであり、ダイクロイツクミラーの回転軸がどのように配置されているかについては、依然として何らの記載もない。これでは、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射は回動されることにはならない。したがつて、ダイクロイツクミラーの回転軸についての記載がない以上、特許請求の範囲は依然として不備であるというほかはない。

以上のとおりであるから、本願は、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないものであり、この理由によつて本願について拒絶をすべきものとする。

四  審決の取消事由

本願発明の特許請求の範囲には、ダイクロイツクミラーの回転軸の配置について直接的表現ではないが記載があるのに、審決は、特許請求の範囲には右の点についての記載がないとして、特許請求の範囲の記載は不備である旨誤つて認定、判断したものであるから、違法として取り消されるべきである。以下詳述する。

1  本願発明の特許請求の範囲は、次の各構成要件に分説することができる。

(A) 少なくとも一つの可視望遠鏡と、一つの赤外線望遠鏡と、そしてレーザ光を受光するための一つのレーザ望遠鏡とを有する望遠鏡装置において、

(B) 前記可視望遠鏡、赤外線望遠鏡、およびレーザ望遠鏡が、共通する対物レンズ(30)を有していること、

(C)、(C1)前記対物レンズ(30)の共通光路上でかつ該対物レンズ(30)の後方には該共通光路とほぼ直交して回転するダイクロイツクミラー(51)が配設されており、

(C)、(C2)、(イ) 該ダイクロイツクミラー(51)は、可視光を透過させ赤外線を選択的に反射するような特性に選定され、その中央にレーザ光通過用の開口(52)を有し、そして

(C)、(C2)、(ロ) 前記共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置されていること、および、

(D) 前記光軸に対して僅かに傾斜しているダイクロイツクミラー(51)によつて回動されながら反射される赤外線放射は、偏向鏡(34)によつて再び反射されて、前記共通光路光軸からの赤外線像の角度偏差に応じて誤差表示信号を発生させるための赤外線検出器(46)に指向されること、

を特徴とする望遠鏡装置。

(右各構成要件については、以下「構成要件(B)」などと略称する。)

2(一)  構成要件(C)、(C1)において、ダイクロイツクミラー(51)(以下符号の記載は省略する。)が共通光路と「ほぼ直交し」という点については、ダイクロイツクミラーの回転軸が共通光路とほぼ直交している場合と、ダイクロイツクミラーの面が共通光路とほぼ直交している場合の二様の場合が考えられる。

しかし、「ほぼ直交し」について前者の場合をいうものとすると、ダイクロイツクミラーの面は共通光路に沿つたものとなり、光を反射しようとする本願発明の目的・課題と明らかに反するから、右「ほぼ直交し」は後者の場合を意味するものと解すべきである。したがつて、ダイクロイツクミラーの回転軸がほぼ共通光路に沿つていることは明らかである。このことは、本願発明の目的・課題からみても一義的に決まることであり、本願明細書にはこれに反する記載はない。

そして、本願明細書の記載の仕方もダイクロイツクミラーの面を中心に述べていることから、構成要件(C)、(C1)において、「ダイクロイツクミラーの面」としなくても単に「ダイクロイツクミラー」とすれば理解されるものと速断した記載上の単純な誤りにすぎず、共通光路とほぼ直交するものが何であるかを判らなくするような記載不備ではない。

被告は、「ほぼ直交し」について前記のように解した場合には、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射が回動されることにはならない旨主張するが、本願発明は、ダイクロイツクミラーの回転軸がほぼ共通光路に沿つていることのみで、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射が回動されることになるとしているものではないから、被告の右主張は失当である。

(二)  構成要件(C)、(C2)、(イ)によれば、ダイクロイツクミラーはその中央にレーザ光通過用の開口(52)を有し、また、構成要件(B)によれば、対物レンズ(30)はレーザ望遠鏡にも共通しているのであるから、ダイクロイツクミラーの中央開口(52)は共通する対物レンズ(30)の光軸上にあることになる。

被告は、特許請求の範囲にはレーザ望遠鏡の構成が十分に記載されているとはいえず、また、レーザ望遠鏡の動作中におけるダイクロイツクミラーの状態がどのようなものであるかについて記載されていないから、ダイクロイツクミラーの中央開口(52)が共通する対物レンズ(30)の光軸上にあるとは必ずしもいえない旨主張するが、中央開口(52)が対物レンズ(30)の光軸上にないとすれば、レーザ光線はダイクロイツクミラーを通過できなくなり、レーザ光線で目標を観測するという本願発明の目的に反することになるから、被告の右主張は理由がない。

(三)  構成要件(C)、(C2)、(ロ)は、ダイクロイツクミラーの配置につき、「前記共通光路の光軸に対して僅かに傾斜し」と規定しているが、前記(一)において述べたとおり、ダイクロイツクミラーの面は共通光路とほぼ直交して回転するものであり、また、光軸は共通光路に沿つてその中心にあるから、ダイクロイツクミラーの面が共通光路光軸に対して僅かに傾斜しているとすれば、それは、明らかに右の共通光路と「ほぼ直交し」ということと矛盾することになる。しかし、構成要件(C)、(C2)、(ロ)の記載が本願発明の目的・課題に適合しないことは明らかであつて、明らかに誤記といえるものである。

ところで、本願明細書においてはダイクロイツクミラーの面を中心に考えており、例えば、本願明細書(甲第2号証。ただし、昭和56年2月4日付け手続補正書(甲第3号証)により補正されたもの)第4頁第18行ないし末行には、「このミラーの面は、上記構造の両表面に対して直向する方向から若干傾斜させてある。」と記載されているから、回転軸を用いないで、面を用いて構成要件(C)、(C2)、(ロ)を表現すれば、「直交する方向で」を補充して、「(ダイクロイツクミラーの面は)前記共通光路の光軸に対して直交する方向で僅かに傾斜して配置されている」となるものであつて、被告が主張するように、「(ダイクロイツクミラーの面は)共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置されている」とはならない。したがつて、ダイクロイツクミラーの回転軸は共通光路の光軸にほぼ沿つていることになる。

そして、前記誤記は、共通光路光軸に対して「直交する方向で」の記載を脱落したことによるものであるが、構成要件(C)、(C1)に、共通光路に対して「ほぼ直交し」と記載されていることによる単純な誤記というべきであつて、構成要件(C)、(C2)、(ロ)が前記のような内容のものであることを判らなくするような記載不備とはいえない。

(四)  構成要件(D)によれば、ダイクロイツクミラーが回転するとき、赤外線放射がダイクロイツクミラーによつて回動されながら反射され、偏向鏡(34)によつて再び反射されてはいるが、赤外線検出器(46)に指向されているのであるから、赤外線検出器(46)においても赤外線放射が回動されており、当然のこととして赤外線検出器(46)の軸線の周りに回動されていることは、赤外線検出器(46)が「前記共通光路光軸からの赤外線像の角度偏差に応じて誤差表示信号を発生させる」という記載からも明らかである。

したがつて、赤外線検出器(46)の設置位置が決まれば、ダイクロイツクミラーの回転軸も結果的に前記共通光路の光軸にほほ沿つているものの中の一つに決めることができるのであるから、ダイクロイツクミラーの回転軸は、特許請求の範囲の記載によつて直接的にではないが、その軸線を確定できるようにされている。

右の点に関して、被告は、特許請求の範囲には、「前記共通光路光軸からの赤外線像の角度偏差に応じて誤差表示信号を発生させるための赤外線検出器(46)」の構成が記載されていないとしているが、右記載自体赤外線検出器(46)の機能を明確にしており、また、機能による表現で構成に代えることは、制御技術の分野においてやむを得ず採用されている方法である。そして、右記載は制御技術にかかわるものであるから、構成の記載に代え得るものであり、被告が主張するように右記載のみでは構成が記載されていないということにはならない。

(五)  以上のとおりであるから、本願発明の特許請求の範囲にはダイクロイツクミラーの回転軸がどのように配置されているのかについての記載がないことを理由として、特許請求の範囲の記載が不備であるとした審決の認定、判断は誤りである。

第三請求の原因に対する認否及び被告の主張

一  請求の原因一ないし三の事実は認める。

二  同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

1  構成要件(C)、(C1)における「ほぼ直交し」については、二様の場合が考えられる。一つは、ダイクロイツクミラーの回転軸が共通光路とほぼ直交している場合であるが、特許請求の範囲にはダイクロイツクミラーの面と回転軸との関係が特定されていないから、右の場合にダイクロイツクミラーの面が共通光路とどのような関係にあるかが明らかでなく、結局ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射は回動されることにはならない。もう一つは、ダイクロイツクミラーの面が共通光路とほぼ直交している場合であり、この場合にはダイクロイツクミラーの面がその回転にもかかわらず常に共通光路とほぼ直交しているとすると、原告主張のようにダイクロイツクミラーの回転軸がほぼ共通光路に沿つていることになるが、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射は回動されることにはならない。しかも、右の場合は構成要件(C)、(C2)、(ロ)と矛盾する。

したがつて、構成要件(C)、(C1)にはダイクロイツクミラーの回転軸がどのように配置されているかについての記載はないものというべきである。

原告は、構成要件(C)、(C1)において、「ダイクロイツクミラーの面」とすべきところを単に「ダイクロイツクミラー」としたのは記載上の単純な誤りあつて、記載不備に当たらない旨主張するが、右構成要件がかかわる回転軸の配置は、赤外線放射を回動させる上で欠くことのできない構成であるのに、これを明確に記載していないのであるから、右の点が記載上の単純な誤りでるということはできない。

2  原告は、構成要件(C)、(C2)、(イ)によれば、ダイクロイツクミラーはその中央にレーザ光通過用の開口(52)を有し、構成要件(B)によれば、対物レンズ(30)はレーザ望遠鏡にも共通しているのであるから、ダイクロイツクミラーの中央開口(52)は共通する対物レンズ(30)の光軸上にあることになる旨主張する。

しかし、レーザ望遠鏡の動作とダイクロイツクミラーの中央開口(52)との結び付きが明確でない以上、レーザ望遠鏡の構成が十分に記載されているとはいえず、また、レーザ望遠鏡の動作中におけるダイクロイツクミラーの状態がどのようなものであるか記載されていないから、ダイクロイツクミラーの中央開口(52)が共通する対物レンズ(30)の光軸上にあるとは必ずしもいえない。したがつて、原告の右主張は理由がない。

3  構成要件(C)、(C2)、(ロ)において、「僅かに傾斜して」は明らかに「配置されている」にかかるものであるから、共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置されるのはダイクロイツクミラーである。そして、ダイクロイツクミラーが光軸に対して傾斜して配置されるというのは、当然のことながらその面が光軸に対して傾斜して配置されることをいうのであるから、右構成要件によれば、ダイクロイツクミラーの面が共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置されているということになる。

したがつて、右構成要件からは、回転軸が共通する光路の光軸とどのような関係にあるかが明らかでなく、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射は回動されることにはならない。

原告は、構成要件(C)、(C2)、(ロ)については「直交する方向で」を補充して解釈すべきである旨主張するが、同構成要件はそれ自体で何らあいまいな点を含むものではないから、右事項を補充する必要もないし、その余地もない。また、ダイクロイツクミラーの面と回転軸との関係が何ら特定されていないこと、仮に回転軸が面に対して直交しているとすると、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射は回動することにはならないことからいつても、右主張は失当である。

また、原告は、構成要件(C)、(C2)、(ロ)における誤記は、「直交する方向で」の記載を脱落したことによる単純な誤記である旨主張するが、前記のとおり、右構成要件の記載にあいまいな点はなく、かつ、その記載によれば、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射は回動されることにはならないのであるから、単純な誤記とはいえず、右主張は理由がない。

4  原告は、構成要件(D)によれば、赤外線検出器(46)の設置位置が決まればダイクロイツクミラーの回転軸も結果的に共通光路の光軸にほぼ沿つているものの中の一つに決めることができるのであるから、ダイクロイツクミラーの回転軸は、特許請求の範囲の記載によつて直接的にではないが、その軸線を確定できるようにされている旨主張する。

しかし、構成要件(D)における「回動されながら」とは、赤外線放射がどのような運動形態の回動をすることを意味するのか明らかでなく、また、赤外線像の共通光路光軸からの角度偏差に応じて赤外線放射がどのような回動をするのかも明らかではない。そして、「前記共通光路光軸からの赤外線像の角度偏差に応じて誤差表示信号を発生させるための赤外線検出器(46)」の構成についての記載はなく、機能表現としてもその動作原理を含んでおらず、赤外線像の回動を前提としていないことは明らかである。

してみると、右機能表現から、赤外線検出器(46)に指向された回動される赤外線放射が赤外線検出器(46)の軸線の周りに回動されるということはできないし、まして、赤外線検出器(46)の設置位置が決まればダイクロイツクミラーの回転軸も決めることができるということはできない。

したがつて、原告の前記主張は理由がない。

5  以上のとおり、本願発明の特許請求の範囲の記載からダイクロイツクミラーの回転軸の配置を特定することはできず、したがつて、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射は回動されることにはならないから、特許請求の範囲の記載は不備であるとした審決の認定、判断に誤りはない。

第四証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許願書)によれば、本願発明は、多数の共通光学部材を用いて可視光線、赤外線及びレーザ光線を感知するに適した光学装置に関するものであり(同願書添付の明細書第1頁下から第2行ないし第2頁第1行)、複数望遠鏡を集合化し、可視光線、赤外線及びレーザ光線感知用の共通複数光学部材を使用するようにすることなどを目的とするものであること(同第10頁第7行ないし第14行)が認められる。

2(一)  本願発明の特許請求の範囲中、構成要件(C)、(C1)には、「前記対物レンズ(30)の共通光路上でかつ該対物レンズ(30)の後方には該共通光路とほぼ直交して回転するダイクロイツクミラー(51)が配設されており、」と記載されているにすぎないために、右の「ほぼ直交し」については、ダイクロイツクミラーの回転軸が共通光路とほぼ直交している場合と、ダイクロイツクミラーの面が共通光路とほぼ直交している場合の二様の場合が一応想定される。

しかしながら、ダイクロイツクミラーがその鏡面による光の反射を利用するために用いられることは、光学上の技術常識に属するものというべきところ、「ほぼ直交し」について、ダイクロイツクミラーの回転軸が共通光路とほぼ直交していることをいうものとすると、ダイクロイツクミラーの面は共通光路にほぼ沿つたものとなつて赤外線放射を反射しないため、本願発明においてダイクロイツクミラーを用いている趣旨に反することは明らかであるから、「ほぼ直交し」は、ダイクロイツクミラーの面が共通光路とほぼ直交していることを意味するものであることは明らかであり、したがつて、ダイクロイツクミラーの回転軸は共通光路にほぼ沿つて配置されていることは、当業者において容易に理解し得ることであると認めるのが相当である。

したがつて、構成要件(C)、(C1)に、共通光路とほぼ直交して回転するものを「ダイクロイツクミラー」と規定したのみで、「ダイクロイツクミラーの面」と明記せず、また、ダイクロイツクミラーの回転軸が右のように配置されていることを記載しなかつたことをもつて、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないものとすべき程度の記載不備であるとすることはできない。

被告は、特許請求の範囲にはダイクロイツクミラーの面と回転軸との関係が特定されていないから、ダイクロイツクミラーの回転軸が共通光路とほぼ直交している場合にダイクロイツクミラーの面が共通光路とどのような関係にあるかが明らかでない旨主張するが、右の場合には、ダイクロイツクミラーの面は共通光路にほぼ沿つたものとなることは技術的に自明であつて、右主張は理由がない。

また、被告は、「ほぼ直交し」について、ダイクロイツクミラーの面が共通光路とほぼ直交していることを意味するものとすると、右の場合には、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射は回動されることにはならない旨主張するが、本願発明は、ダイクロイツクミラーの面が共通光路とほぼ直交することのみをもつて、ダイクロイツクミラーから反射される赤外線放射が回動されることになると規定しているわけでなく、構成要件(C)、(C2)及び同(D)とも相まつて右回動がなされるものであることは、特許請求の範囲全体の記載に照らして明らかであるから、右主張は理由がない。

さらに、被告は、「ほぼ直交し」について前記のように解すると、構成要件(C)、(C2)、(ロ)と矛盾する旨主張するが、この点については後記(三)において説示する。

(二)  構成要件(B)によれば、レーザ望遠鏡は共通する対物レンズ(30)を有しており、同(C)、(C1)によれば、前記対物レンズ(30)の共通光路上で、かつ該対物レンズ(30)の後方には共通光路とほぼ直交して回転するダイクロイツクミラーが配設されており、同(C)、(C2)、(イ)によれば、ダイクロイツクミラーはその中央にレーザ光通過用の開口(52)を有しているのであるから、ダイクロイツクミラーの中央開口(52)は共通する対物レンズ(30)の光軸上にあるものと認められる。

右の点に関して、被告は、レーザ望遠鏡の動作とダイクロイツクミラーの中央開口(52)の作用との結び付きが明確でない以上、レーザ望遠鏡の構成が十分に記載されているとはいえず、また、レーザ望遠鏡の動作中におけるダイクロイツクミラーの状態がどのようなものであるか記載されていないのであるから、ダイクロイツクミラーの中央開口(52)が共通する対物レンズ(30)の光軸上にあるとは必ずしもいえない旨主張する。

しかし、本願発明においては、目標をレーザ光線で観測することとしていることからいつても、前記のとおり認定し得ることは明らかであつて、被告の右主張は理由がない。

(三)  構成要件(C)、(C2)、(ロ)は、ダイクロイツクミラーは「前記共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置されている」と規定しているが、右のダイクロイツクミラーをダイクロイツクミラーの面を意味するものとしてとらえ、右規定は、ダイクロイツクミラーの面が共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置されているという趣旨のものであるとすると、構成要件(C)、(C1)につき、ダイクロイツクミラーの面が共通光路とほぼ直交していると解すべきであるとしたことと矛盾することになる。

しかし、ダイクロイツクミラーは、その面が共通光路とほぼ直交して配置されていることは記(一)記載の理由により明らかであり、また、ダイクロイツクミラーの面を共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置した場合には、ダイクロイツクミラーの面は赤外線放射を反射せず、本願発明においてダイクロイツクミラーを用いている目的に反するものであるから、構成要件(C)、(C2)、(ロ)を前記の趣旨に解することが相当でないことは明らかであつて、同構成要件は、本来は、「前記共通光路の光軸に対して直交する方向で僅かに傾斜して配置されている」と規定すべきであつたものと解するのが相当である。右のとおり、構成要件(C)、(C2)、(ロ)につき、ダイクロイツクミラーの面が共通光路の光軸に対して直交する方向で僅かに傾斜して配置されていると考えれば、構成要件(C)、(C1)につき、ダイクロイツクミラーの面が共通光路とほぼ直交していることを意味するとしたことと矛盾しない。

被告は、構成要件(C)、(C2)、(ロ)はそれ自体で何らあいまいな点を含むものでないから、「直交する方向で」を補充する必要もないし、その余地もない旨主張するが、採用できない。

右のとおりであるから、構成要件(C)、(C2)、(ロ)の規定の仕方は、「直交する方向で」の記載を欠いている点で不明確であることは否定できないが、前記のとおり、ダイクロイツクミラーの面が共通光路の光軸に対して僅かに傾斜して配置されているとすると、本願発明においてダイクロイツクミラーを用いている目的に反すること及び構成要件(C)、(C1)には、ダイクロイツクミラーが共通光路と「ほぼ直交して回転する」旨記載されていることからすれば、構成要件(C)、(C2)、(ロ)に「直交する方向で」の記載が欠けていても、当業者においては、同構成要件について、「前記共通光路の光軸に対して直交する方向で僅かに傾斜して配置されている」という趣旨のものであると理解することができるものと認めるのが相当であり、したがつて、右の「直交する方向で」の記載が欠けていることをもつて、特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていないものとすべき程度の記載不備であるとすることはできない。

そして、ダイクロイツクミラーの中央開口(52)が共通する対物レンズ(30)の共通光路の光軸上にあることは前項記載のとおりであり、また、ダイクロイツクミラーの面は共通光路の光軸に対して直交する方向で僅かに傾斜して配置されているのであるから、ダイクロイツクミラーの回転軸は共通光路の光軸にほぼ沿つていることになるが、前記と同様の理由により、回転軸の右配置についての記載がないことをもつて記載不備とすることはできない。

(四)  構成要件(D)によれば、ダイクロイツクミラーが回転するとき、赤外線放射はダイクロイツクミラーによつて回動されながら反射され、右回動されながら反射される赤外線放射は偏向鏡(34)によつて再び反射されているが、赤外線検出器(46)に指向されている。そして、赤外線検出器(46)は、回動されながら反射される赤外線放射を受け、それによつて共通光路の光軸からの赤外線像の角度偏差として検出し、その角度偏差に応じて誤差表示信号を発生させるための機能を有しているから、赤外線放射が赤外線検出器(46)の軸線の周りに回動されることは明らかである。

そうすれば、赤外線検出器(46)の設置位置が決まれば、ダイクロイツクミラーの回転軸の配置は、特許請求の範囲に直接的には記載されていなくても、前記共通光路の光軸にほぼ沿つているもののうちの一つに決めることができる。

右の点に関して、被告は、構成要件(D)における「回動されながら」の意味が不明であり、特許請求の範囲には、「前記共通光路光軸からの赤外線像の角度偏差に応じて誤差表示信号を発生させるための赤外線検出器(46)」の構成についての記載がなく、機能表現としても動作原理を含んでおらず、赤外線像の回動を前提としていないことは明らかであるから、赤外線放射が赤外線検出器(46)の軸線の周りに回動されるということはできないし、まして、赤外線検出器(46)の設置位置が決まればダイクロイツクミラーの回転軸の配置が決まることはない旨主張する。

しかし、特許請求の範囲の記載において、機能的表現をもつて構成の記載に代えることは、技術分野又は発明の技術内容のいかんによつては必ずしも許されないわけではなく、赤外線検出器(46)に関する右記載は機能表現として明確なものであり、右主張が理由のないことは前記説示したところにより明らかである。

以上のとおりであるから、本願発明の特許請求の範囲にはダイクロイツクミラーの回転軸の配置についての記載がないことを理由として、特許請求の範囲の記載は不備であるとした審決の認定、判断は誤りであり、審決は違法として取消しを免れない。

三  よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井俊彦 裁判官 竹田稔 裁判官 濱崎浩一)

<以下省略>

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